代田接骨院

群馬県の大泉町にある 代田接骨院のブログです

今年もあとわずか。
大掃除や、やり残した仕事など、年の瀬はなんとなく忙しなくなりますよね。
人がたくさん動く時期ですのでその分事故も多くなります。

下のレントゲン写真は12月7日に自転車(スポーツ車)で転倒して骨折した
Sさん(40代)男性の右肩の写真のコピーです。

赤線の部分で真っ二つにボッキリ折れてます。



Dsc_0237.jpg



事故の発生原因は、夜トレーニングに行こうと自転車で向かってる途中で、路上駐車してる車に
追突しそうになり、慌てて急ブレーキした所、自転車の後輪が浮き上がってしまい
そのまま自分が前に飛ばされて強く地面に手を叩きつけられ負傷しました。

ちゃんと車道の左側通行で自転車のライトも結構明るいのを付けていたのですが
ちょうど路上駐車してる車の横のお宅が派手なイルミネーションをしていたので
別にイルミネーションに見とれていた訳では無いのですが、黒い小型車が見えずらくなっていて
少し急いでたこともあり(スピードもおそらく時速26~28kmくらい)見落としてしまったのでしょう。

でも幸いにも?その路上駐車してる車にもぶつからずに怪我も本人だけだったので
他人に迷惑がかからなくてよかったそうです。自転車もグリップにキズがついた程度でした。

治療の方は筋肉質な40代の男性で、骨折の転位(骨がズレてること)もないので
手術やギプスでの固定も無く、「三角巾とバストバンドのみの固定」で保存療法で進めることにしました。
ただ骨折の場所がら、ズレてしまうのが心配なので週1で整形外科でレントゲン検査をお願いし
経過を見ながら毎日治療をつづけてます。

来週の29日(火)でちょうど3週間になるのですが、しんじられないくらいとても経過が良く
骨折部分も安定してきているので固定もさらに軽くして、折れてる右手で箸を持って食事したり、ペンで字を書いたりなど
自分の身の回りのことを一人で出来るくらいに回復しました。
2週間目の22日(火)からできる範囲で仕事復帰もはたしました。

この調子で行けば関節の拘縮もおそらく少ないと思われるので
リハビリもそれほどかからないでしょう。

でも二の腕の太い骨なので、骨が固まるまでに普通は4週~6週かかると言われていますから
まだまだ無理は禁物です。

おそらく自転車に乗れるのも大事をとって1月10日過ぎくらいになると予想してます。



などと、ちょっとの間の悪さでSさんのように、こんな重大な事故に繋がってしまう恐れがあります。
打ち所が悪かったら亡くなってた可能性だってあったかもしれません。


これから師走にかけて事故の無いように”さらに”気を付けましょう!


















あっ、ちなみに40代男性のSさんは私です(笑)
仕事がら恥ずかしいのですがカミングアウトします。
ドジってしまいました(^^;




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12月30日(水)・・・昼12時まで診療します。
   
   31日(木)~1月3日(日)は休診します。

 1月 4日(月)・・・昼12時まで診療します。






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12/6 埼玉県戸田市の彩湖で行われた 「ワイズロード・スポーツバイクデモ in 埼玉」 を見に
Kぼたさんと2人で自転車で行ってきました。

朝6時30分待ち合わせで出発。
先週も同じくらいのスタートでしたが、この日は同じ時間で5℃あり
防寒対策もしっかりとしたので快適にライドできました。



DSC_0224.jpg



行きは追い風ということもありとても快適。
軽くペダルを回してるだけでスピードが25km~30km
20km~25kmくらいだと無風のよう。

っということは帰り道は時速20kmで走っても
受ける風は40kmで走ってるときと同じことか?(-_-;

まぁ、帰りは風が止んでることを祈りつつ彩湖へ到着。
サイクリングロードからイベント会場に向かうまでに
同時開催された 「ワイズカップ第5回 彩湖4時間エンデューロ」のコースを使って行ったのですが

楽しい~(笑)
レースをちょっとだけ体験した感じでしたがとても気持ち良かった。



DSC_0229.jpg



会場でいろいろ見たり、ちょっと買い物したり。



DSC_0233.jpg



コスプレもすごい盛り上がってました。



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そして一通り見たのでお腹も空いたことだし
荒川サイクリングロード添いにある「手打ちうどん川岸屋」
で昼食をとりながら帰路につくことになりました。



DSC_0230.jpg



荒川サイクリングロードと言えば、先週行った 榎本牧場のジェラートと川岸うどんが定番のようです。
味はツルンと食感のよい真っ白なふわふわモチモチ麺を、ゆずの効いたツユで食べるのですが
風味があってとても美味しい~。
昭和の様なお店のたたずまいと合わず(失礼(^^;)上品な味のうどんでした。

お腹が空いてたので写真撮り忘れてしまった(笑)




お腹も落ち着いたことだし、
ココからは向かい風に負けずに頑張ってペダルを回しました!・・・・?・・・?


いや、Kぼたさんに引いてもらい私は風があたらないように縮こまって
なんとかついて行きました。
Kぼたさん、風よけになってもらいほんとありがとうございました(^^;

向かい風でもピッタリ後ろについてる時はまだよかったけど
横風とか斜めからだと風を受けてしまってキツかった~(笑)


それでも無事に3時過ぎに帰宅でき
帰ってきてからすごくお腹がすいたので
家族でピザバイキングへいきました。

いっぱい食べるぞ!と意気込んで行った割にあまり食べられなかった・・・
年かな・・・(^^;

デザートピザが美味しかった~。



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今回の動画と






ガーミンの走行データです。








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前回の記事にあるように桶川飛行学校は改築?で一般公開をやめてしまう為
最後のチャンスとおもい、話を聞きに行ってみました。


ここの正式名称は「陸軍熊谷飛行学校桶川分教場」といい
昭和12年から20年2月の閉校までに1500~1600人の飛行兵を養成し
それ以降は終戦まで特攻隊の訓練基地となったそうです。

なお日本で唯一当時の建物が現存している飛行学校になります。

DSC_0200.jpg



受付を済ませて中に入ると、さすがに80年以上たってる建物なのでそこらじゅうが傷んでいて
場所によってはこんな感じで今にも崩れそう。。。



DSC_0208.jpg



一昨年の大雪や、東日本大震災の大地震をよく耐えたな~と考えながら展示物を見学してました。



DSC_0207.jpg


DSC_0201.jpg



ひととおり見学した後、たまたま近くにいた女性スタッフの方?にお話を伺ってたのですが
桶川飛行場の教官だった伍井芳夫さんという方の話でした。

伍井さんは当時32歳。宙返りなどのアクロバット飛行などもこなしてしまうほど、とても腕のたつベテラン教官で
その頃の軍人としては珍しく特攻に反対の意見を持った人物だったそうです。
家は桶川で妻と3人の子を持つ家庭でとても家族思い。


そんな人なのになぜか最後は自ら特攻に志願して戦死してしまいました。。。家族にも話さずに。。。
特攻に反対の意見を持った家族思いの人が一体なぜ??
わざわざ特攻で死にに行かなくてもいい年齢でもあるのに。。。なんで?


私もその話を聞いていて疑問をいだいたのですが、それと同時に
このエピソードが「永遠の0」の宮部久蔵の人物像と重なって見えました。
そのことを尋ねてみると。


以前、永遠の0原作者の百田尚樹さんと対談した時に
この私の父のことを話したことがあったので、もしかすると百田さんも
参考にして物語を書いたのかもしれませんね。と、

えっ?!
スタッフだと思って話を聞いていた人は、伍井さんの実娘であり
「旧陸軍桶川飛行学校を語り継ぐ会」の会長である臼田智子さんでした。
まさか会長自らのご親族の貴重な話を、じかに聞けるとは思ってもみませんでした。

その他にも父親が戦死したショックで母親の母乳が出なくなり
ろくに食べ物も無い時代、そのまま死んでしまった乳飲み子だった弟さんの話や
妻や子供など家族に宛てた手紙の話などなど・・・
忙しい中、様々なお話を聞かせていただきました。



DSC_0213.jpg



その後、隣の部屋に行ってみると人だかりがあり
のぞいてみると少し小柄なおじいさがモールス信号の説明をしてました。

瀬戸山定さん、来年で90歳だそうですが声にハリがありとてもお元気。
元通信兵で受信のエキスパートだったそうです。



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送信の技術は苦手で真ん中より下のレベルだけど受信の能力に長けていて
いつも3本指に入るほど優秀だったので、陸軍航空総軍司令部通信班という
日本の指令の根幹通信を担っていた場所に受信専門として配属されたそうです。

この方の話がまた面白い。身振り手振りをまじえながら
「ニイタカヤマノボレ」の話に始まり、なぜ戦争は起こったのか?
などとても分かりやすく解説していただきました。

モールス信号を打つのが苦手だったといっても
「ツー・トン・ツー・トン」と素早く信号を打つ手つきは
とても来年で90歳になる方とはおもえません。

一緒に話を聞いてたK氏も
町の講演に来ていただきたいくらいおもしろいと。

私もこの方の話をもっとじっくりと聞いてみたいとおもいました。



DSC_0215.jpg



通信班の瀬戸山さんの仕事は米軍の通信を傍受したり、外地にいる兵士からの戦況を聞きとったりするのですが
その信号は全部数字を羅列した暗号文で届くため、通信班が受信したものを電報班に渡して
それを電報班が文章に解読してくれるそうです。


そんなある日、外国の電報を傍受して電報班に渡したところ
秘密にするはずの解読したその内容を、こっそりと瀬戸山さんに教えてくれました。



内容は「大日本帝国がポツダム宣言受諾の用意あり」

8月13日。
それは終戦2日前の出来事だったそうです。。。







12月からは改築工事?の為にここは一般開放を一時中止しますが
再び公開するのは2020年東京オリンピックあたりを目指してるそうです。
でも話の様子だと早くて5年後・・・実際はどうなるか?



建物はもちろん貴重で大事ですが、それ以上にこの方々にお会いでき、
もしかしたら次はないかもしれない大変貴重なお話を聞かせていただき
とても良い経験になりました。

ありがとうございました。







見学を終えて次の目的地に向かう為に荒川サイクリングロードへ出ると
対岸にホンダエアポートが見えました。

吹き流しを見ると川の上流から下流に向かって風が吹いてます。
遊覧飛行のプロペラ機が風上に向かって離陸していきました。

冬の澄んだ青空には気持ちよさそうに飛んでる飛行機やパラグライダー。



70年前はここで20代の若い人たちが国の為に
吹き流しを目印に急降下する特攻の訓練をしてたそうです。

展示物に風呂場を写した写真があったのを思い出しました。
みんな無邪気な笑顔でお互いの体を洗いあってました。

あんな青春真っ盛りの人たちがいったい何をおもって
今と変わらないこの空を飛んでいたのかな。。。

と考えてしまうものがありました。



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Author:代田接骨院
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柔道整復師、はり師、きゅう師の国家資格を取得してます。


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